紛争・平和構築

2008年9月23日 (火)

ラジオ(東京FMクロノス)出演

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

ラジオの取材を頂きましたkaraoke

放送時間が若干朝早いのですが、爽やかな朝の空気fuji
味わいながら、お聞き頂ければと思います♪

番組名:東京FMクロノス80MHz(JFN全国38局ネット)

放送日:2008年9月24日(水)6:15am~←明日の朝です!!
   (生放送のため変更になる可能性があります)

お話しした内容は、
1:最新のアフガニスタン情勢
2:現在の支援の形態・内容
3:現地の人々の、いま最も切実なニーズは?

です。

宜しければ是非お聞き下さい☆

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2008年9月22日 (月)

いのちの価値

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

先日、Human Rights Watchが、“‘Troops in Contact’:
Airstrikes and Civilian Deaths in Afghanistan”

というレポートを発表しました。

同レポートによると、2006年~2008年7月の約2年半で、
アフガニスタンでは3,102人の民間人が、テロや米軍等の
誤爆の被害を受け亡くなっているとのこと。

うち、少なくとも724人が米軍やNATO軍の誤爆による直接の
被害者だそうです。

同レポートの内容を要約すると、

・空爆被害により、国内避難民の増加を招いている。

・空爆には「計画的空爆」と、地上部隊応援のために急遽出動を
 求められる「突発的空爆」の二種類があり、一般市民の被害は、
 前者では殆どなく、後者のケースで著しい。

・「突発的空爆」の場合、国際人道法の、一般市民の人命被害を
 最小限に止める義務に従っているか疑問の余地がある。

・タリバンやアルカイダ等の反政府勢力も、意図的に一般の村に
 逃げ込むことで、一般市民の犠牲者を増やしており、これも
 国際人道法に反する行為である。

・米軍やISAFによる市民の犠牲は、米軍やISAF軍に対する憎悪を
 増加することに加え、反政府勢力に対する支持の増加につながる
 可能性もある。

===
9.11の記念式典では、多くの犠牲者の家族が、愛する人の死を
悼んでいました。
そしてその様子はCNNやBBC、その他のメディアを通じて世界中に
放映されました。

一方、アフガニスタンの村では、世界からの注目等殆ど集めない
中、さまざまな悲劇が、9.11の犠牲者と同じように普通の日常を
営んでいた人たちに、突然降りかかっています。

家族の誰かが突然亡くなる悲劇。
自分自身が大けがを負う悲劇。
なんとか生き延びても、家や家財道具を一切失い、暮らす当てが
なくなってしまう悲劇。
もしくは、またいつ攻撃があるかもしれないという恐怖感のため
村を捨てなければならなくなった悲劇。

例えば、先述のレポートでは、以下のような事例が挙げられています。

2007年3月4日、カピサ州のニジラブ地区では、土造りの家に
投下された米軍機による2発の2,000ポンド(約1トン)の爆弾により、
9人の民間人(女性5人、子ども3人、老人1人)が死亡した。

生存者である7歳のムジブ君は、ジャーナリストに対しこう語った。
「僕はお母さんと妹と弟とおじいちゃんが死ぬのを見たよ。
 僕たちの家も壊されたんだ。」

その後の報道によると、同日朝、地元のタリバンリーダー達が
ニジラブの軍施設に対しロケット弾を発射、被害者はなかった。
その後、米軍機のパイロットが、ライフル銃を持った2人の男が
周辺地域から民家に逃げ込んだのを確認し、米軍による1時間に
わたる迫撃砲の集中砲火が行われ、最終的に2発の爆弾投下に
終わった。

同レポートでは、米軍は攻撃対象となった民家には民間人が
居住していることを知っていた可能性があり、国際人道法に
抵触すると指摘しています。

ちなみに、約1トンの爆弾2発とのことですが、先日の大災害となった
イスラマバードのマリオットホテルでの自爆テロで使用された爆薬の量が
1トンだったと言われています。その際の被害映像や、10km離れた場所で
体感できた振動や爆音などからも、1トンの爆弾による破壊力の大きさを
推察できます。
しかも、米軍が使用する爆弾なので、マリオットのケースに比べ、より
効率性の高いものだったと考えられます。

===
3,102人の被害者それぞれに、家族があり、生活があり、人生がありました。
いままた忘れられつつあるアフガニスタンで、今日も起きている悲劇です。

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2008年8月31日 (日)

ありがとう

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

日本人誘拐殺害事件が発生してから、たくさんの方々から
安否を気遣うメールやコメントを頂きました。

この場を借りてお礼を申し上げます。

色々な場所から、心配して気遣いの連絡をくれる
知人・友人達の存在に、とても勇気づけられ
パワーを頂きました。
本当にありがとうございました。

おかげさまで、ジェンのスタッフ一同、治安に配慮しつつ
活動を継続しています。

===
アフガニスタンの治安を考えるときに、思い出す
事件があります。

2007年の初め頃だったでしょうか。
カブールで一人の自爆テロ未遂犯が捕まりました。
彼は、パキスタンの難民キャンプでで長年暮らした
アフガニスタン人。
パキスタン国内で仕事がないまま、また事情があったためか
祖国にも帰れず、先の見えない生活を送っていたそうです。

そしてある日タリバンから自爆テロの実行を持ちかけられた。
金額は明示されていませんでしたが、自爆テロに成功したら
難民キャンプで暮らす彼の家族を一生面倒見るというオファー
だったそうです。

それ以外選択肢がなかった彼は、タリバンのオファーを受け、
カブールに自爆テロ犯として潜入したのでした。

===
国際協力とは、「ひとつでも多くの選択肢を作るための側面
支援をすること」だと考えています。

究極の選択をせざるを得ない人びとが増えることが、
社会不安や、タリバンのような組織が育っていく土壌を
醸成すると思います。

だからこそ、人びとが一つでも多くの選択肢を持てるように
支援を継続していくことが重要だと思うのです。

カブール市内のバスターミナルにて、日雇い仕事を求めて集まる人びと

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2008年8月27日 (水)

日本人誘拐事件について(2)

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

昨日発生したペシャワール会の職員の方の誘拐事件、
本日とても残念な結果になったとの報道がありました。

ペシャワール会は、現地に根差した、ニーズに合った、
きめ細かい支援を行ってこられた団体だと存じています。
報道によると、被害に遭われた伊藤さんは、5年間も
ナショナルスタッフと寝食を共にし、農業指導をされて
いた由。

現地で生活したことのある外国人なら誰でも共感頂けると
思いますが、「アフガニスタンで」「ナショナル
スタッフと寝食を共にし」「長く」暮らすということが、
どれだけ大変なことかというと、実は筆舌に尽くし難い
ことなのです。

それを5年間も続けられていたということだけでも、
現地に根差した活動をされて左証でしょう。

ペシャワール会の方々やご家族の皆さん、何より
現場で活躍されていた伊藤さんご本人の無念を思うと
非常に形容しがたい思いで一杯になります。

伊藤和也さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

===
今回の事件で懸念されるのは、前回書いたように、
十羽一絡げにアフガニスタン=危ない議論になってしまうこと

加えて、ペシャワール会さんの責任を追求する
ような議論になってしまうことです。

話がそれるようですが、問題の解決には、まずは問題の
特定が必須です。
そして、問題の特定のためには、報道等の2次情報や
それらの解釈等の3次情報ではなく、1次情報を集める
ことが不可欠です。

今回の犯行の背景については情報が錯綜しており
未だ予断を許さない状況にあるかと思います。
しかしながら、ひとつだけ確実に言えることは、
今回の事件の発生要因には、様々な要因が複雑に
絡んでいるということです。

===
例えば、タリバンの広報官が犯行を認める声明を
出したようですが、一方で、犯行の認知まで若干
タイムラグがありましたよね。

現在のタリバンは、1994年に、ムジャヒディンの跋扈で
荒廃したアフガニスタンに流星のごとく現われ、
(多分に原理主義的解釈ではあったものの)イスラムという
規範に基づいて治安を確立・国内を制定した初代タリバン
からは大きく変化してきていると言われています。

政治的な目的で犯行を行う集団、自己の勢力拡大を目指す
集団、そして単なる犯罪目的の集団等々、指揮系統の
統一が失われてきていると言われています。

そもそも様々な集団の寄せ集めであったことや、
一度解体されてから既に10年以上が経過している
ことなどからも納得できる話です。

タリバンと言われる集団のこのような経年変化も、
アフガニスタンの現在の治安悪化に影響を与えていると
言えるでしょう。

===

話は戻りますが、このようなタリバンの経年変化
という情報については、現地の地の利や情報ソース等がない限り
離れたところではなかなか確認できない内容ではないでしょうか。

JENは、ホームページでも伝えていますが、
今回の事件のようなことが再び起こらないためにも、また
アフガニスタンの治安回復のためにも、支援の継続が重要だと
考えています。

JENは、治安情勢に配慮しつつ、職員の安全を確保しつつ活動を
継続していきます。

安全を確保した活動の継続のためにも、大局観を持った情報の収集は
必須であり、そのためにも、現地での活動継続が必要だと考えています。

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2008年8月26日 (火)

日本人誘拐について

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

先週末、アフガニスタン出張からイスラマバードに
戻って来ました。
アフガニスタンでの出張時の様子はまた別途アップしますね。

ところで、本日、アフガニスタン東部のナンガハール州で、
ペシャワール会の日本人NGO職員が誘拐されたとのこと。

ペシャワール会は地元に密着し長く活動を続けていた団体と
聞いています。
私も赴任前に、ペシャワール会代表の中村哲先生の本を
何冊か読ませて頂きました。
地元密着の姿勢、そしてその時に必要とされる支援を
何としても届けるという姿勢に、大きく感銘を受けたことを
記憶しています。

残念ながらJENの活動地と離れていることもあり、
アフガニスタンへの赴任後も直接ご面識を得る機会は
なかったのですが。

いずれにしても、誘拐された人たちが一刻も早く
無事に解放されることを祈っています。

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2008年8月18日 (月)

治安維持と人道支援

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

アフガニスタンでは、現在カブールの治安維持責任は
多国籍軍(ISAF:International Security Assistance Force)に
属しています。

これが、近日中にアフガニスタン国軍(ANA:Afghan National Army)に
移譲されることになっています。

ISAFとANAの装備や人材等々の違いを理由に、
この責任の移譲を契機に、カブールの治安が大幅に悪化するのでは、
との見方が大勢を占めているようです。

ところが、先日のANSOのCountry Directors Meetingにて、
上記の責任の移譲が治安にもたらす影響について
ANSO及び出席者のCountry Director達に意見を
求めてみたところ、かなり意外な、と同時にある意味
当然と言えば当然の反応が返ってきました。

例えば、こんな感じ。

「フッ(鼻で笑う音)。治安維持だって~?!ISAF軍が
 市内を通るたびに市内の大部分が通行止めになって
 足止めを食らってテロに巻き込まれる危険性が高まったり、
 ISAFが一般市民を巻き添えにしたり、ISAFのお陰で攻撃
 されるような状況を治安というならね~。ハハハ~ッ。」

参加していたのは、殆どが欧米のNGOでした。

===

現在のアフガニスタンにおける治安維持と人道支援について
考えるとき、2つのポイントがあると考えます。
第1は、アフガニスタンの国民感情。
第2は、反政府勢力の反応。

第1点目については、上記のANSO meetingでの回答に
あるように、交通が頻繁に遮断されるだけでなく、民家への
誤爆や市内での一般市民の殺傷等が頻繁に起きている
ことは周知の事実です。

したがい、アフガニスタンの一般市民からすると、
たとえ治安維持のために来ているとしても、やはりISAFに対し
好意的な感情を持つことは非常に難しいようです。

ISAFは、そのような状況を改善する目的もあり、
Provincial Reconstruction Team (PRT)による復興・開発事業を
実施しています。

しかしながら、戦車に乗ったフル装備の軍人が、学校で
子ども達に文房具を配ったり、クリニックで病人を診察をしたり、
はたまた建設事業を監督したりという状況には、こちらが
非武装であることもあり、アフガニスタンの一般市民でなくても
非常に違和感を感じると同時に、やはり単純な恐怖感を感じます。

アフガニスタンのどの場所でも耳にする言葉。
「欧米は自国の国益のために支援をしているけれど、
 日本は純粋にアフガニスタンのための支援をしてくれている」

これは、既述のような事実の積み重ねから、少しずつ醸成されて
いった感情なのだと思います。

このような環境の中で、人道的目的でアフガニスタンを訪れ
活動を続けている欧米のNGOが、日本のNGO以上の困難に
直面しているであろうことは、容易に想像できます。


加えて、第2点目。

先日のLogar州でのNGO職員の殺害に関連し、
タリバンが、カナダ軍が派兵を中止しなければ、
今後もカナダ人を殺害していくとの声明を出しました。
記事①
記事②
その他

この声明が、現政権下での混乱の醸成を目的としていることは
明らかです。

先日も書いたように、治安の安定しない場所であるからこそ
より高い人道支援のニーズが存在します。

しかしながら、例えばチェチェンレベルまで治安が不安定化して
しまった場合、人道支援団体の活動自体が不可能になって
しまいます。

人道支援の実施に際し、ある程度の治安の安定は不可欠です。

その観点からすると、外国軍の派遣がどれくらい治安の安定に
寄与しているのかという点については、慎重に検証する必要が
あると思います。

現在のアフガニスタンの状況を見ると、治安維持のために
来ている外国軍ですが、残念ながら当初の目的とは異なった
状況を生み出していると言わざるを得ないように思いますが、
如何でしょうか?

===
そして、このような状況を踏まえて今後懸念されることは、
治安悪化が激化することにより、人道支援団体が支援を停止
した時の社会的なインパクトです。

真に支援を必要としているにもかかわらず、治安の不安定化のため
支援が届かない地域や人びとが多数でてくることによる混乱や不安定化。

加えて、国際支援以外に主要な産業が育っていない
アフガニスタンにおいて、支援団体が撤退することによる
雇用者とその家族、引いては社会全体に与えるインパクト。

今回事件に遭ったIRCは、支援の一時停止を表明していますが、
アフガニスタンの事業規模は、国際スタッフ10名、
ナショナルスタッフ500名とのことです。

アフガニスタン人の家庭では、両親、夫婦、その兄弟、
子ども達というように、一般的に数世代・十数名が一緒に
暮らしています。
その中で稼いでいるのは、例えば夫とその兄弟のみ。

つまり、2人程度で10人以上の規模の大家族を養っている
家庭が殆どです。

IRCだけでも、単純計算で約6千人の生活に影響を
与えることになります。

仮に、撤退や活動の一時停止を行う国際支援団体が
今後も出てくるとすると、そこで働いているスタッフと
そのスタッフにより生活を支えられている家族に
大きなインパクトがあることは間違いありません。

ことほど左様に、直接的・間接的に、タリバンの思った通りの
不安定な状況が醸成されていくことになることが、
現在のアフガニスタンが内包する大きな懸念と言えます。

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2008年8月13日 (水)

治安について-ロガールの事件で思うこと

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

本日、カブールの南に位置するLogar州で
IRC(International Rescue Committee)の
国際スタッフ3名とアフガニスタン人ドライバー1名が
移動中に襲撃・殺害されたようです。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7558076.stm
http://in.reuters.com/article/domesticNews/idINSP28185020080813

Logar州は、最近とみに治安の悪化が指摘されており、
ANSO(Afghanistan NGO Security Office)でも
移動等は検討した方が良いと言われていました。

事実Logar州では、中央部ではWardak州に次いで
2番目に多くの反政府武装勢力による事件が発生しています。

===
今回の事件で非常に違和感を感じるのは、3人もの女性が
殺害されているということです。

アフガニスタンの文化的に、女性を殺めるということは
馴染みがありません。

この点からも、そのような勢力の侵入を許す程、
情勢が不安定化しているとも考えられます。

アフガニスタンの状況が大きく変わりつつあるのかもしれません。

===
さて、このような事件が起こると、何故そのような地域に?
という議論が発生すると思います。

このニュースが入る前でしたが、今日はANSO の
Country Directors Meetingに出席してきました。

各国NGOのCountry Directorが集まって、
現在のアフガニスタンの治安情報や各NGOの見解や対策を
シェアするものです。

本日は50~60名のCountry Directorが参加しており
今回被害に遭ったIRC以外にも、治安の悪い地域で
活動を続けているNGOが多数ありました。

いずれにしても、このような状況でも、これほど多くの
NGOが活動を継続しているということは嬉しい驚きでした。

やはり治安やアクセスが悪ければ悪いほど、人道支援の
ニーズが多くあるからというのが、既述の問いへの回答なの
だと思います。

もちろん、各ソースから十分に情報を収集し分析した上で、
それぞれが活動する地域情勢に合わせた対策を取ることは当然です。

ただ、このような事件が起こるたびに、十羽一絡げにして
アフガニスタンは危ないという議論をするのは、
思考停止に陥った議論だと思います。

そのような思考停止の議論をベースに、アフガニスタンから
国際支援の手が引いていくことは、
過去の悲劇を繰り返す危険性を孕んでいると思います。

もちろん、他の国に比べればアフガニスタンの治安状況が
悪いことは全く否定するものではありません。
しかしながら、アフガニスタンの中でも、地域によって
治安状況に差があるというのは、他の国と同様だと思います。

大局観を失わずに、過去の悲劇を繰り返さないように、
必要な対策を取りながら、行動を続けることが必要だと思います。

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2008年7月27日 (日)

気になること②:エキセントリックな噂話

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

久々ですが、アフガニスタン出張時に気になったこと、
その2です。

それは、アフガニスタンの人びとの、他国の人びとに
対する猜疑心の高まりを表わすような出来事です。

スタッフの一人と話していた時のこと。
「ここだけの話ですが・・・」というような感じで、
スタッフが打ち明けてきたことがありました。

その話というのが、アフガニスタンの東部にある
特殊な鉱物資源の鉱山から資源が盗まれている、
というものでした。

そのスタッフによると、欧米の特殊部隊が、
誰も見ていない真夜中の時間帯に、特殊ヘリで
その鉱山に飛んできて、鉱山資源を盗掘している
というのです。

確かに、アフガニスタンの未発掘鉱物資源の
ポテンシャルについては、最近注目されているようです。

とは言え、特殊部隊が当該国の許可なく、且つ条件の悪い
夜中に資源を盗掘するなど、普通に考えればあり得ない話と
判断できます。
しかしながら、アフガニスタンは噂の国なので、
この話を信じている人はかなりいると思われます。

===

なぜこのようなあり得ない話を簡単に信じ込んでしまうのか。
それはアフガニスタンの歴史を振り返ってみると容易に
推察できます。

四半世紀以上もの間、紛争の続くアフガニスタンですが、
自国からしかけた紛争は殆どありませんでした。
殆どが周辺国や第三国からの干渉によるものです。

そのような歴史を振り返ってみると、他国に対して
猜疑心を持たない方が難しいのかもしれません。

また、近年になっても、治安制定のために入ってきているとはいえ、
たびたび民間人を巻き添えにした事件を起こしている
欧米の軍隊に対し良い印象を持っている人はあまりいないでしょう。

このような悲しい歴史が、既述のようなエキセントリックな
考え方や噂に繋がるとの仮説に思い至り、複雑な気持ちを持ったのでした。

Cimg1253
本文とは関係ありませんが、開発の進むカブール。
土れんが造りの伝統的な家々の向こうで、建設される新しい住宅。
お菓子の家のようなキュートさ。素敵なセンスです(笑)。

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2008年7月10日 (木)

気になること①:援助疲れ(その2)

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

(前回アップした記事に書き加えています)
さて、前回は、アフガニスタンの人びとの側から見た
援助疲れの要因について考察してみました。

今回は、支援する側の援助疲れの要因について考えてみたいと思います。

国際協力に携わっている方には自明のことかと思いますが、
開発途上国での支援事業が、予定通りに進むことはまずないと思います。
それが支援事業の悩みでもあり、チャレンジングなところでもありますよね。

しかしながら、アフガニスタン支援の場合、それ以上の困難さが
存在するように思います。

第一に、治安の悪化と日々強まるストレス環境。

治安は年々悪化傾向にありますが、セレナホテルの襲撃事件や先日発生した
インド大使館の襲撃事件等、民間人を大幅に巻き込むタイプのテロが
発生して以降、国際支援団体に属する国際スタッフの行動は大幅に制約されています。

息抜きに外に出ることもままならず、宿舎とオフィスを往復するだけ。
宿舎とオフィスが一緒になった組織では、外出が殆どできません。
レストランや日用品の買い物に出ることもできないとなると、
本当に厳しい状況です。

第二に、アフガニスタンの長期紛争を要因とした人材不足。

25年以上の紛争は、当然のことながら、人びとから教育機会や
職業人として経験を積むべき機会を奪ってきました。
したがい、エンジニアなど机上の知識に加え実務経験が不可欠の人材が
著しく欠如しています。
また、オフィスワークをこなすスタッフについても、実務経験やスキルを
持っている人を探すのはとても難しい状況です。

援助の受け入れ機関である各省庁では、省庁や部署にもよる
でしょうが、月給は約50ドル程度。現在のアフガニスタンの物価を
考えると一家族が普通に生活できる金額ではありません。
そのような環境に、援助受け入れ業務をスピーディーにさばける役人が
集まるとは考え難い。また、働く役人の立場に立ってみても、
まともに仕事をしようという気が起きることは難しいでしょう。

第三に、近視眼的になりがちな、アフガニスタン人のメンタリティ。
この要因は長年の紛争に起因する面もありますが、残念なことに援助
コミュニティが形作ってしまった側面も否めません。
例えば、1年先に自分の子どもが学校に通えるようになることよりも、
今自分が労働者として仕事を得られないのであれば、学校の建設工事を
妨害してやる!という村人もいます。

この他にも、所属している機関毎に、特有の問題があると思われます。

例えばNGOの場合、コミュニティと共同で事業を実施することから、
村人の争いに直面することがままあります。
これはどこの国でもNGOであれば出会う問題だと思いますが、
アフガニスタン特有なのは、そこに「コマンダー」と呼ばれる旧兵士が
絡んでくることが多いことが挙げられます。

悪化する治安、高まるストレス環境、なかなか進まない仕事・・・・。
そのような状況が終わりなく続くようにみえるため、支援する人びとの間に
援助疲れが発生し、高まっていくと考えられます。

激しい治安事件や高ストレス環境を原因としているのかもしれませんが、
最近国際スタッフのターンオーバー期間が短いように感じられます。

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2008年7月 9日 (水)

気になること①:援助疲れ(その1)

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

さて、前回少し触れた「気になること」。
今日は「援助疲れ」についてです。

アフガニスタンの人びとの間に漂っている援助疲れ。
それだけでなく、支援する側にも同じような気配が
漂っているように感じました。
なんというか、倦怠期の夫婦のような感じ?

これについて、少し考えてみたいと思います。
まずはアフガニスタンの人々の間に蔓延する援助疲れの要因について。

アフガニスタン支援が本格化した2002年以降、大々的に表明された
支援金額や津波のように押し寄せた国際支援。
それらを前にして、アフガニスタンの人びとは、長く続いた紛争が
終結し、遂に平和が訪れ、そして自分たちの辛く苦しかった生活が
ドラスティックに改善すると期待しました。

しかしながら、その後何年経っても目に見えて良くはならない生活。
治安などはむしろ悪化傾向にあります。

一方、アフガニスタンの紛争の歴史に目を向けてみると、
紛争が続いてきた期間が四半世紀以上と著しく長かったこと等から、
本来あるべきインフラが殆ど整っていない状況です。
首都のカブール市内ですら、中心の道路から一本脇道に入っていくと、
舗装もされていない轍だらけの道路になるような状況。
つまり、インフラ整備の状況だけで見てもマイナスの状態なのです。

仮に「復興」を「ゼロ(=元々あった状態)に戻すこと」と定義すると、
アフガニスタンの場合、復興してもゼロにはならないのです。

マイナスからゼロへ、そしてゼロからプラスへ。
本来は段階を踏んでいくはずのものが、表明された巨額の支援金額や
津波のように押し寄せた国際支援を目の当たりにし、
アフガニスタンの人びとの間に、短期間にマイナスから一気にプラスになる、
というような現実離れした期待感が高まってしまったということは
想像に難くありません。

しかしながら、そのような期待が、何年経っても満たされない。
その苛立ちの気持ちが、援助疲れの気持ちとして、徐々に
蔓延しているように感じ取れます。

長くなったので、後半はまた次回!

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2007年10月 6日 (土)

自爆テロ犯の特徴

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

最近、治安の悪化を示す事件が本当に増えてきました。

例えば誘拐。
先週のANSO(Afghanistan NGO Security Office)のセキュリティ会議で聞いた話によると、その前の週にアフガニスタン全体で誘拐された人の数は、たったの1週間でなんと40人に登るそうです(アフガニスタン人を含む)。

また、自爆テロも、今年に入ってカブールだけで既に16件発生しているとのこと(会議後にさらに2件発生)。

そんな中、上記ANSO会議で、とても興味深い話を聞きました。それは、自爆テロ犯人の見分け方。

大抵、
・こぎれいな格好をしている。
・ゆったりした服を着ている(爆発物を隠すため)
・香水の香りがする(!!)
・挙動不審
というような特徴があるそうです。

JENでは、現在月に一回スタッフにセキュリティトレーニングを行っていますが、その席で上記情報をシェアしました。
すると、スタッフからさらに興味深いことを教えてもらいました。

それは、自爆テロ犯はアイラインを引いていることが多い、ということです。
そのスタッフによると、イード祭などで羊を屠るとき、羊の目にアイラインをひくのだそうです。
それにより、神に捧げる生贄であるということを示すそうです。

すなわち、自爆テロ犯は、己を羊と同じく神に捧げる生贄と考えているとのこと。
だから、こぎれいな格好をしたり、香水の香りを漂わせたりしているのですね。

ちなみに、当地では赤ちゃんや子どもにアイラインを引いているのをよく見かけます。
タダでさえ大きなお目目が益々パッチリ!
あれにも何か意味があるのでしょうか。今度確認してみたいと思います。

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2007年9月24日 (月)

抜糸、そして紛争地での備え

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

本日、在カブール日本大使館の医務官に抜糸をして頂き、無事盲腸の件も終了しました。
「糸が癒着しているかな?」と言われたときはヒヤリとしましたが、無事キレイに全部取って頂きました♪

今日は、盲腸になってみて感じたことを、紛争地での備えという視点で振り返ってみたいと思います。

===

アフガニスタンには、外国人が安心して手術を受けられるような施設はありません。
運が良ければ、ISAF(International Security Assistance Force)の野戦病院で手術を受けることが出来るようですが、あくまで軍事operationに携わっている多国籍軍の関係者を治療することを目的とした医療機関のため、常に受け入れてもらえるという訳ではありません。

一方、手術を伴わない一般的な治療であれば対応してもらえる外国籍の病院はあります。
しかしながら、それらの病院に抜糸をしてもらえるかについて問い合わせたところ、対応出来ないと言われてしまいました。

つまり、アフガニスタンで手術の必要な病気や怪我をした場合、基本的に国外に出るしか選択肢はないのです。

===

一方、今回の私の急性盲腸炎の発症は、まるで胃炎のようでした。
胃がじわじわーっと痛くなってきて、耐えられないくらいの胃の痛みが連続的に襲ってくるようになったと思ったら、同時に断続的な吐き気も現れたのです。

そのため、最初ホテル付きのドクターに見てもらいましたが、原因がわからず、痛み止めを打ってもらったものの効かず、病院に行ったのでした。
しかしながら、病院に入ってからも、七転八倒しながら、問診→エコー→血液検査→CTスキャンと受けて、「急性盲腸炎」と診断されたのは病院に入ってから12時間くらい経過した後でした。

急性盲腸炎の場合、胃が最初に痛くなり、徐々に腹部右下に傷みが移動するケースが多いようですが、私の場合時間が経過してもずっと胃の周辺が痛かったため、診断に時間がかかったようです。

振り返ってみると、このような状況がカブールで発生していたら間に合わなかったかもしれないと思うとヒヤリとします。

===

JENでは、日常的なセキュリティ対応や「もしも」の時の対応を定めたSecurity Planを作っています。その中で、Medical Evacuation(アフガニスタン国内で手術の必要な病気・怪我をした場合どのように対応するか)についても定めており、そこに緊急医療機関としてドバイの病院のリストを掲載していました。

R&Rの時もSecurity Planを携帯することにしていたため、真夜中に発病した急性の盲腸炎でしたが、リストから24時間対応且つ緊急医療に長けている病院を選んで行くことが出来たため、手遅れになることなく対応できたのでした。

将来起こり得る全ての可能性に備えることは不可能ですが、当たり前のものが備わっていないことが常態である紛争地で働くためには、やはり命に関わる最低限のことに対する備えは必要である、と今回の盲腸炎@ドバイでは身をもって実感した次第です。

ちなみにドバイの病院情報は、今回抜糸をして頂いた大使館の医務官に事前に頂いた情報を下に、Security Planにアップデートしておりました。
二重にお世話になり、本当に感謝です♪

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2007年8月15日 (水)

終戦記念日に想うこと

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

8月15日は終戦記念日ですね。

早いもので、紛争地で働き始めて9ヶ月と半月が経ちました。

その間、この国で25年の紛争により失われたものの大きさを実感する日々でした。
本来あるべきものがない、あったけれども失われて久しい・・・etc。
そしてそれは、物的なインフラストラクチャーのみならず、人びとの本来身に付けているべき能力・スキルや、国家としての機能であったりもします。

どのような状況においても、武力による解決が正当化されるべきではありません。
それにより失われるものの大きさ、それにより生まれる新たな憎しみ、そして新たな破壊。

何事においてもそうですが、例えば人間関係でも、壊すのは一瞬ですが、築き上げるには長い時間がかかります。

経験から学ぶのが人間の人間たる所以だと思います。
無益な歴史を繰り返さないようにしたいものです。

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2007年8月14日 (火)

初心

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

P7190555

無駄なものなど きっと何一つとしてないさ
突然 訪れる鈍い悲しみであっても

忘れないで君のことをぼくは必要としていて
同じようにそれ以上に想ってる人もいる
あなどらないで僕らにはまだやれることがある
手遅れじゃない まだ間に合うさ
この世界は今日も美しい そうだ美しい

Mr. Children『It's a wonderful world』

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2007年8月11日 (土)

戦争と平和

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

ニコライ・ロストフは顔をそむけて、まるで何かをさがしもとめるように、遠くを、ドナウ河の流れを、空を、太陽をながめはじめた。空のなんと美しく見えたことか、なんと淡青く澄んで、しずかで、そして深い空だろう!沈みゆく太陽のなんと赤く、そして荘厳なことだろう!遠いドナウの流れのなんとやさしくつややかに輝いていることだろう!そしてもっともっと美しかったのは、ドナウの遠いかなたに青ずみゆく山並、修道院、神秘的な谷間、梢まで薄靄におおわれた松の林・・・・・あちらには静寂と、幸福があった・・・・・『何も、何もぼくは望まないだろう、何も、ただあそこへ行かれさえしたら』とロストフは思った。『ぼく一人と、それからあの太陽に、こんなにたくさんの幸福があるのに、ここには・・・・・呻きと、苦痛と、恐怖と、そしてこの不明、このあわただしさ・・・・・そらまた何か叫んでいる、そしてまたみんな後方へ掛けだした、ぼくもいっしょに走ろう、そうだ、これがあれなのだ、死なのだ、ぼくの頭上に、ぼくのまわりに・・・・・一瞬したら---ぼくはもはやあの太陽も、あの流れも、あの谷間も、二度と見ることがなくなってしまうのだ・・・・』
--「戦争と平和」トルストイ 工藤精一郎訳(新潮文庫)

突然ですが、私はロシア文学が好きです。
その中でも、実はドストエフスキーが一番好きです。
何故好きか、という理由はたっぷりあるので、それはまたドストエフスキーの本を紹介する時に書きたいと思います(笑)。

トルストイは、これまで小編しか読んだことがなかったのですが、読む時間はかなりあるだろうと思ってこちらに持ってきた名作、「戦争と平和」。
面白いです。

冗長だけれど、そこがまたロシア文学の良さ。
途中で、「あれ、これ誰だっけ?」と思って読み返さなければならないくらい(笑)沢山の登場人物が呼び名を変えて次々出てくる冗長なストーリーの中に、はっとさせるような、鋭く輝く人生の真実がちりばめられています。

この世の中に数多ある真実を、いかに明確且つ鮮やかな切り口で、心に残るような筆致で描けるか、それが優れた作家の条件なのかもしれません。

これだけ長い時間の洗礼を受けながらも、しかも国籍の異なる世界で親しまれてきたということは、それだけ普遍的な真実の描写に長けていたのだろうと思わされます。

トルストイの作品の中で、戦争を描いたものとしては、この「戦争と平和」の他に、名前を忘れましたが、2006年10月に何者かの手で殺されたアンナ・ポリトコフスカヤさんが書いた「チェチェンやめられない戦争」という本の扉に引用されていた作品がとても心に残る内容でした。
数十行というわずかな文章の中に、戦わざるを得なくなった人間の、悲壮感・絶望感が込められていました。
是非、読んでみたい作品です(どなたか、どこで通して読めるかご存知の方、教えてください!)。

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2007年7月25日 (水)

元気です。

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

残念なことに、7月19日に韓国人23人がカブール南部のガズニ州で誘拐され、うち1人が本日(7月25日)殺害される事件が発生しました。

亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
同時に、人質となっている方々の一日も早い解放を願っています。

本件に関連して、多くの方々から安否確認のご連絡を頂きました。
いつも気に掛けて頂き、また、ご心配頂き、本当にありがとうございます。

タイミング悪く、事務所のネットの調子が悪かったこともあり、定期的にブログの更新が出来なかったため、さらにご心配をおかけしてしまいました・・・。
おかげさまで、JEN国際スタッフ・ナショナルスタッフ共に、無事生活・仕事をしております。

同時に、今まで以上にセキュリティには留意して活動しています。

例えば、先日NGO間のセキュリティミーティングのお話をしましたが、JENでは、定期的に主催団体から情報収集をしている他、他のNGOやUN等の機関からも追加的に情報収集を行っています。

また、不要不急の移動は控える等、今まで以上に活動には留意して過ごしています。

以前、テロで思うことでは別の側面から記載しましたが、周知のとおり、仕事・人間関係等々、何事においても、何かを作り上げる時には、とても多くの人びとが、気の遠くなるような時間と手間を費やしてコツコツと積み上げていくものです。一方、壊す時は一瞬。

四半世紀以上もの間紛争が続いていた国で、国造りに着手し、それを継続してきたこの数年の努力は、アフガニスタンの人びと、そして、それを支援する人々ともに、膨大なものであったことは容易に推察されます。そのような努力の積み重ねが、一瞬にして消え去るようなことがないよう、希望しています。

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2007年7月16日 (月)

英語レッスンスタート!

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

この度、JENのオフィスでは、スタッフ向けの英語の授業を始めました。

マネジャーやフィールドオフィサー等のオフィススタッフ以外、すなわち、ドライバー、セキュリティガード、クック、クリーナー等のスタッフは、殆ど英語が使えません(英語が話せても片言で、読み書きは困難)。
場合によっては、当地の言葉であるダリ語でさえ、読み書きできないスタッフもいます。

それらのスタッフとコミュニケーションするには、英語の出来るオフィススタッフに通訳をお願いすることになります。
しかしながら、オフィスマネジメントの観点からは二重のコストとなることに加え、様々な理由から彼らの意図が完全に伝わりきらない場合もあり、国際NGOの中で自らを守るためには、英語がある程度できることは不可欠、と日々考えていました。

そんな時、いくつかのきっかけが重なりました。

一人のセキュリティガードが、「柴田さん、もし僕が英語とコンピューターが出来るようになったら、オフィススタッフとして雇ってもらえますか?」とカタコトの英語で聞いてきたのです。

彼は、最近二人目の子どもが生まれたばかり。
27歳と若いけれど、奥さんと2児を抱える一家の主です。

英語とコンピューターが出来るだけでオフィススタッフに即採用とはなりませんが、やはりオフィス内で働くにはそれらの技能は必要最低条件です。

そう答えたところ、彼は、「3ヶ月間、毎日英語の教室に通って勉強します」と答えました。

セキュリティガードの仕事は不定期且つ夜勤があることに加え、彼の家からオフィスまでは自転車で片道1時間くらいかかります。
そのような環境においても、彼は今も英語の授業に通い続けています。

もう一つのきっかけは、一人のドライバーでした。

彼が毎朝英語の勉強をしているということを耳にしたので、本人に聞いてみると、英単語とそのダリ語訳でびっしりと埋め尽くされたノートを何冊も見せてくれました。

これらのノートは、高校卒業後すぐに働き始めた彼が、夜間の英語学校に通っていた時に作成したものとのこと。
これらを、毎朝20ページ、復習しているというのです。

28歳の彼も、小さい子ども2人の父親です。

もし、英語の授業をオフィスで行なったら受けたいかと聞いてみたところ、彼らの答えはもちろんイエスでした。

そこで、人のつてを頼ったり、求人サイトに求人情報を出したりして、面接すること十数人。
漸く条件に合う先生を見つけました。

その後教科書を入手し配布したところ、スタッフ一同が皆、嬉しそうに自分の名前を書き込んでいました。
名前が書けないスタッフには、書けるスタッフが手伝ったりして。
そうやってちょっとしたことを教えることもまた、モチベーションアップに繋がっているようです。

日中、スタッフを待つ車内等で、ドライバーが一生懸命教科書を読んでいる姿を見かけることが増えてきました。

また、これまではダリ語一辺倒だったクックが、「お茶をどうぞ」等、ちょっとした片言英語を話そうとするようになりました。
それを横で聞いていたセキュリティガードが、「お前、何て言ったんだよー」って感じで尋ね、それに対し「いやー・・・」なんて感じで、照れながらも答えたりしている微笑ましい場面を目にすることも(笑)。

長引く紛争によりあらゆるものが破壊され尽くし、理不尽なことばかりがまかり通ってきた、全てが不安定なこの国で、それでも、若しくは、だからこそ、子供のために、家族のために、自分のために、より良い暮らしを求め、誠実な努力をする人たち。

このような誠実な努力が報われるような国となることを、多くの人が望んでいるはず。

一方、我々国際NGOの使命が、あらゆるものが破壊され尽くした国における、国造りの側面支援だとすれば、また、ある意味「触媒」である我々の役割は最終的にはアフガニスタンの人たちに引き継がれていくべきものであるとすれば、一人でも多くのアフガニスタンの人たちのキャパシティが向上することは、間接的な国造りの側面支援であると言い得ると思うのです。

授業が行われるのは、就業後。
ガードルームからは、アルファベットを読む声が聞こえてきます。

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2007年6月20日 (水)

テロで思うこと

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

セキュリティマネジメント研修を受け、アフガニスタンに戻ってきたその日に、カブールで大規模な自爆テロが起きました。
2001年のタリバン政権崩壊以降、カブールで起きた自爆テロとしては最大規模の被害者数だったとのことです。
被害に遭われた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

そしてとても多くの方々から、安否確認や行動アドバイスのご連絡を頂きました。
ご心配頂いた皆様、気にかけてくださった皆様、本当にどうもありがとうございました。
おかげさまで、ジェンのスタッフはみな無事でした。

このような事件が起きた時に懸念されること。
それは、人びとの平和に対する確信が揺らいでしまうのではないか、という懸念です。

25年以上も紛争を続けてきた国、そして今も一部の地域で戦闘状態が続いている国に暮らす人びとが、平和の訪れを確信できるようになるには、危険を感じずに過ごすことのできる安定した状態が一日でも長く継続することが最も重要です。
しかしながら、このように民間人を巻き込むようなテロが頻発するようになると、平和の訪れを感じることは益々難しくなることは明らかです。

加えて、2001年のタリバン政権崩壊以降、国の安定を信じ、大量の難民や国内避難民が大挙して故郷に戻ってきました。
しかしながら、戻ってきた故郷の状態は決してバラ色ではなく、家は壊れ、基礎的なインフラストラクチャーも大幅に欠如し、仕事も無く・・・、というような状況。そのような中、ようやく国の再建が始まりました。

2002年以降は、国際社会から大量の支援が入ってきましたが、25年の紛争により形作られた様々な空白は、5年程度の支援では到底埋められるものではなく、今後も、息の長い支援が必要です。

しかしながら、少しでも治安上の懸念が生じると、国際社会からの支援の継続にも大きなマイナス要因になります。それが新たな社会の不安定要因になっていくという悪循環は、容易に想像ができます。

アフガニスタンは、度重なる紛争に苦しんでいる時も、大干ばつで多くの人が故郷を追われた時も、国際社会からは長らく見捨てられた国でした。そのような国にようやく国際社会の目が向けられたのは、2001年の9.11同時多発テロがきっかけでした。

アフガニスタンがまた再び忘れ去られた国に舞い戻るようなことがないよう、国際社会による支援の一部を担っている私たちは、安全を十分に確保しつつ、活動を続けていくことが最も重要だと思っています。
もちろん、テロの発生を正確に予測することは不可能ですが、情報ソースを確立し、取りうる限りの対策を取って行動していきたいと思います。

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本文とは関係ありませんが、カブール市内を通る羊飼いと羊の群れ。

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2007年5月26日 (土)

カラシニコフ

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

アフガニスタンに来るまで殆ど接したことが無かったものの、アフガニスタンで過ごすうちに、日を追う毎にその光景に慣れていったもの。
その一つに、カラシニコフを下げた警察官やセキュリティガードの姿があります。

カラシニコフとは、ミハイル・カラシニコフにより開発され1947年に正式に旧ソ連軍に採用された自動小銃(AK-47)に端を発する銃の総称で、安価で丈夫なために世界中に広まっています。

赴任当初は、ぶらりぶらりと肩から銃を下げた人たちが街角や建物の門口に普通に立っている様子、しかもしばしば目にするその姿に衝撃を受け、「あー、紛争地に来たんだ」と緊張感を新たにしたものでした。

最近ではそんな光景にも慣れつつありますが(それはそれで一難ありますが)、やはり、カブール市内のチェックポイントなどで車を止められると、「この人が突然発狂していきなり発砲したらどうしよう・・?!」と思ったりすることもあります。

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カラシニコフを持った軍人。
アフガニスタンの人たちは総じて写真好きなので、お願いしたら結構あっさりと、しかもポーズをキメて撮らせてくれました(笑)。凛々しいです。

ブラニ(覚えてますか?)の写真をアップしました!
ご興味のある方はチェックしてみてください☆

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2007年5月25日 (金)

緑色の旗

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

アフガニスタンの墓地では、しばしば緑色の旗が風にはためいている姿を目にします。
墓地は丘陵地にあるため目にする機会が多いのですが、どこの墓地でも、緑色の旗が立っていない墓地はありません。

ナショナルスタッフに聞いてみたところ、緑色の旗は、戦争の影響で無くなった人を示すためのものであるとのこと。直接戦った人、巻き込まれてしまった人、どのような状況であっても、戦争が原因で無くなった人のお墓には、緑色の旗が飾られるとのことです。

そう聞いて改めて見直してみると、その数の多さには目を見張るばかりです。

アフガニスタンの墓地に、もう新たに緑色の旗が飾られるようなことがないよう、祈っています。

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緑色の旗がはためく墓地

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2007年5月17日 (木)

お礼:1,000人!

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

ブログを始めてからまだ1ヶ月経ちませんが、いつのまにか、既に延べ1,000人以上の方にご覧頂きました!ありがとうございます!!
私自身も、原稿作成後にきちんとアップされているかをチェックしているのですが、自分のチェックした回数を除いても、実に1日当り40人以上の方にご覧頂いたことになります♪

アフガニスタンの食べ物シリーズは続くのですが(まだ続くの?!というご意見もありますか?(笑))、延べ1,000人の方々にご覧頂いたとても嬉しいこの機会に、再度、初心を振り返ってみたいと思います。

ブログ第1回目のご挨拶や、外交フォーラムの原稿にも書かせて頂きましたが、このブログを開始した理由は、
「日本では治安以外の報道がなされることが殆ど無い『アフガニスタンの今』について、より多くの方々にお伝えすることにより、アフガニスタンやJENの活動をより身近に感じて頂くこと」にあります。

何故、身近に感じて頂きたいと思うのか。

それは、アフガニスタンで四半世紀もの間紛争が続いてきた理由の一つに、アフガニスタンが忘れ去られた国であったことが挙げられるからです。世界のどこかで紛争が生じる背景には、国際社会による「意識的な」又は「無意識の」無関心があります。同じ歴史を繰り返さないためにも、アフガニスタンのことを一人でも多くの方に知って頂き、関心を持って見守り支援し続けて頂くことが重要だと考えています。

そのためにも、アフガニスタンに親近感を持って頂けるような、またアフガニスタンについて考えて頂けるような情報を、今後とも発信し続けていきたいと思います。

以上、「初心」表明演説(?)でした。

今後とも、ご覧頂けると幸いです☆

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朝日にバラ色に染まるヒンズークシ山脈。美しいです。

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2007年5月15日 (火)

ぼくの村は戦場だった。

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

アフガニスタンの食べ物シリーズはまだまだ続きますが、とても印象に残る本を読んだのでご紹介させて頂きます。

先日、著作をご紹介した佐藤和孝さんと共に、JENの識字教室の取材にいらしたジャパンプレス山本美香さんの本。山本さんも、10年以上にわたり紛争地の取材を続けてこられたジャーナリストです。

この本では、アフガニスタン、ウガンダ、チェチェン、コソボ、イラクの5カ国について、取材の内容がまとめられています。

それぞれの国で発生した紛争の要因や背景を、幅広く的確な視点で伝えると共に、紛争下で生きる人びとの身に生じた様々な事件-余りにリアルで時に目を背けたくなるような事実であるものの、現実に生じたこと-について、淡々と記載されています。

問題解決の第一歩は、的確な問題把握から。
この本は、紛争後復興支援や平和構築支援の仕事を目指す方が、紛争とは何か、そこで実際に何が起こっているのか、何をすれば良いのか、を考える第一歩に資すると思います。

ちなみに、山本美香さん、とてもステキな方でした♪

取材の合間に本書をご紹介頂いたので、早速amazonで調べたら売り切れていたのですが、その旨お伝えしたところ、アフガニスタン出国前夜にわざわざJENの事務所までお届けくださったのです。山本さん、ありがとうございました!ちなみに、今はamazonにも出ています。

また、識字教室の取材の際、初めて会う女性たちから、短時間で様々な本音を聞きだされていて、とても驚きました。でもこの本を読んで納得。アフガニスタンの取材を10年も前から続けてこられていて、戦時下の女性の状況を継続的に取材されていたので、初めて会った人たちからもすぐに信頼を得られたのだな、と納得しました。

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2007年5月 9日 (水)

戻りました!!

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

R&R期間中は頻繁に更新できず、折角訪問下さった方には無駄足を踏ませることになってしまい、すみませんでした。

おかげさまで、R&Rで十分にエネルギーチャージしてきましたので、仕事もブログの更新も頑張っていきたいと思います♪

ところで、今回は、アフガニスタン→パキスタン→タイと、ある意味経済発展の諸段階の事例を実感するような旅でした。

タイは、10年以上前から頻繁に訪れているのですが、バンコクについて言えば、日本と変わらないレベルと言っても過言ではないような経済発展ぶりです。そして、人びとの顔付きも自信に満ち溢れいていて、まさに波に乗っているという印象を受けました。

パキスタンもイスラマバードについては、緑が溢れ、道路も整備されていて、巨大なショッピングセンターも複数あって、日本人が暮らしてもさほど困らないのではないか、と思われました。

さて、アフガニスタン。なつかしの土漠の地では、道路整備が十分ではないこともあり、ものすごい砂埃が出迎えてくれました。陽気はほぼ夏。暑いです。目に見えるのは、都市計画の殆ど無い街並み、日干しレンガの塀で囲まれた日干しレンガ造りの家、でこぼこの道、コンテナショップ・・・etc。高層の建物は殆どありません。

当たり前のことですが、「戦争が無いということは着実な発展に繋がるのだ」、ということを再認識しました。お隣の国が着実な発展を遂げる中で、度重なる紛争に成長の機会を奪われてきた国。

見渡す限り課題は山積みですが、スタッフと力をあわせ、良い仕事を着実に積み上げていきたいと思います。まずは、そのためのオフィス内の体制整備に注力していきたいと思います。

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カブールの朝市とロバ車

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2007年5月 8日 (火)

外交フォーラム!

皆さんこんにちは。JENカブール事務所長の柴田哲子です。

お知らせがあります!

本日(5/8)発売の「外交フォーラム 6月号」に原稿を書かせて頂きました。

「紛争後復興支援の現実と実感 自立を支える触媒としてのNGO」という内容です。

アフガニスタンの復興支援の現状、その中でNGOが果たすべき役割、スタッフ育成を中心とした現在の仕事の内容や今後の方向性等、当地に来てから感じ続けてきたことや考えたことをまとめました。

宜しければ是非、ご覧下さい!

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2007年4月28日 (土)

戦場でメシを食う

先日、JENがカブールで行っている識字教室の取材にいらしたジャパンプレス佐藤さんの著書。

25年もの間、数十カ国にわたる紛争地の取材を続けて来られた佐藤さんが、最前線の現場の様子を「食事」という切り口で垣間見せてくれます。

紛争地の食事の様子もとても興味深かったのですが、それ以上に興味深かったのが、佐藤さんが取材地で出会った市井の人々の生活、日常。
その人たちがどのように紛争に巻き込まれていき、どのようにしてその時を生きているかということ。

加えて、極限状態で表出する人間の様々な側面--想像を絶する残忍さ、なにごとも笑い飛ばしてしまう強さ、全てを失った人が他人に見せる優しさ、、、等々。

この本では6カ国の様子が紹介されているのですが、紛争そのものやその中で生じる事象には、国は違えど多くの場合類似性があるように感じました。

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